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2011年11月30日 (水)

小説 上杉鷹山(童門冬二)

あらすじ:九州の小藩からわずか十七歳で名門・上杉家の養子に入り、出羽・米沢の藩主となった治憲(後の鷹山)は、破滅の危機にあった藩政を建て直すべく、直ちに改革に乗り出す。高邁な理想に燃え、すぐれた実践能力と人を思いやる心で、家臣や領民の信頼を集めていった経世家・上杉鷹山の感動の生涯!

三つ葉海苔さんより借り読み。ガチの時代小説っぽかったし、なかなかにぶ厚い(700ページ弱)ので、読むのを後回しにしていたんだけど・・・読み始めたらこれが面白いのなんの!素晴らしい改革、素晴らしいマネジメントだった。現代に通じること、たくさんある。いや、むしろ現代の人たちにこそ読んでもらいたい1冊。キレイゴトの理想論だと笑う人は、心が貧しいと思うわ~。読書慣れしていない人には大変かもしれないけど、本好きな友人の皆様には是非読んでみてもらいたいなwink 尊敬する日本の政治家を問われて上杉鷹山の名を挙げたというJ.F.ケネディ元大統領のことも、あらためて尊敬したw

小説 上杉鷹山

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コメント

(*´∇`*)喜んで頂き何よりです
又貸し歓迎heart01
返却は何時でも構わないので、御館様の火種と共にガンガン回しちゃってくださいcoldsweats01

投稿: 三つ葉海苔 | 2011年11月30日 (水) 23時04分

>御館様の火種と共に

いい表現!!
遠慮なく、回させていただきます~happy01

またイイのあったらよろしゅう~heart01

投稿: FUH | 2011年12月 1日 (木) 19時20分

失礼します。

《上杉家経営》

米沢30万石減封へ:執政・直江兼続の智政により、実質51万石に増やす。
(城下拡張と平行して、城下を洪水から守る治水工事「直江石堤」、城下・城下町に用水・薪材を供給する堰の開削の指揮。
荒地開墾(下級武士)、殖産興業を指示(越後から持ち込んだ織物「青苧」や桑・紅花・金山など殖産興業の指示)
兼続公は、「国を成すには人を成すを似てす」の通天存達和尚の教えを元に、移封後も仕官を希望する武士の召し放しをせず、共に国造りをした。
更に、後の鷹山の学問所の元になる「禅林文庫」を設立。
懇意にしていた京都の僧侶・南化玄興和尚などから写筆したり譲られた貴重な本を多数使用(「宋版史記」は国宝指定)。
更に私財を投じ、日本初の銅版書「文選モンゼン」[直江版]を出版(市立米沢図書館所蔵)。大いに武士の学問に力を注いだ。
そして、滋賀や堺(大阪)から鉄砲職人を雇い入れ、白布温泉の隠し住まわせ、幕府に知られないように鉄砲製造を行った。
(1000丁加増計2000丁、大砲20など)
そして指南書を書き、武芸も奨励し、武家の習いと防衛に務めた。
後の中興の祖と仰がれる藩主・鷹山も、過去の兼続公の施策を模倣したと言う。

尚、よく言われる上杉家自身での問題で、経済的に困窮したと出回る俗説は間違いである。
三代藩主・綱勝が世継ぎを残さず早世した為、幕府から録高を半分の15万石に減らされた為と、
当時、浪人が多数いて問題になっていた為(由井正雪の乱)の影響と、保科正之(綱勝の室の父)の指示があった為に、召し放し(リストラ)が出来なかったのが本当の理由。

※参考文献…専門書「直江兼続」(高志書院より出版)や、(上杉家所蔵)『歴代古案』書状など。
他にも、[図説]『直江兼続 人と時代』(米沢市上杉博物館より刊行)に詳しい。

投稿: スズメ | 2011年12月 4日 (日) 23時52分

スズメ様、コメントありがとうございます。
今や上杉家といえば、謙信の次くらいに
直江兼続の名が挙がるような気がします。
と言いながら私はまだドラマやマンガでしか
兼続には触れたことがないので、本なども
読んでみたいと思いますconfident

投稿: FUH | 2011年12月 5日 (月) 20時19分

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